★青木ヶ原樹海の地理概要★
参考程度にお読み下さい。
↑紅葉台展望台からの富士の眺望。裾野には樹海が広がっている。(5月下旬) ★地勢★ |
↑紅葉台展望台から見た青木ヶ原樹海。国道139号線と開拓道路の間。 ★名の由来★ |
![]() ↑青木ヶ原樹海赤池付近の風景。細い木が立ち並び、地面には苔むした溶岩が見えます。 ★磁石が効かないという伝説について★ |
| ★補足★ 貞観の噴火以前は、西湖、精進湖、本栖湖は「せのうみ」という一つの湖でしたが 青木ヶ原地帯に流れ出た溶岩によって三つに分断されたという説があります。 この説の真意は分かりませんが、「富士霊異記」(泉昌彦著)によると少し前までは 青木ヶ原樹海の窪地を縫って三湖の湖水が通じていたという興味深い話が掲載されて います。以下、抜粋です。 ----青木ヶ原樹海には「鯉ヶ滝」、「鮒ヶ滝」という大きな窪地が今もそっくり残っている。 この鯉ヶ滝は、雨で増水すると、逃げ場をうしなった樹海の蟻が、何百万と数知れず 立木に這い上がり、真黒な塊になった。 この蟻を食おうと群れをなした大鯉は、水音高く跳ね上がった。その機をねらって モリで突いて鯉を獲ったのが「鯉ヶ滝」、鮒を突いたのが「鮒ヶ滝」で。イワナも獲れた。 伐採と開発によって、もう青木ヶ原樹海はそれほど怖いところではなくなった、 といわれている現在と違い明治時代の青木ヶ原は、慣れっこの土地の者でさえうかつに 入る事はしなかった。 群れをなすコウモリやムササビに顔をふさがれ、窒息死するということまであった この青木ヶ原樹海の窪地を縫って、湖水が通じていたのは、明治四十五年までである。 確かな証人なら、現、上九一色村の老人たちで、樹海を採集生活の場としていたから、 誰でも記憶していることだ。精進の小林峰次郎老は、 「精進と西湖は青木ヶ原樹海の中でつながっていた、雨が降ると増水し、魚獲りには 絶好だったが、淵も多く危ないのでさけてまわり道した」と語ってくれた。 また本栖湖の渡辺惣作老の話と総合しても三つの湖水は連絡する水があった。 標高は三湖とも九十メートルだが、水深は本栖湖(126メートル)、西湖(80メートル)、 精進湖(20メートル)と大差がある。明治四五年頃は、本栖湖から精進湖へ音を立てて 流れ、本栖湖で捨てたゴミが、青木ヶ原の鯉ヶ淵を流れていくのを村人のほとんどが 見ている。 惣作老の話でも、三湖がはっきりと青木ヶ原の中を西湖へ通じていた点を、 本栖湖から精進湖に通ずる旧道まで水に浸かっており、淵もあったので回り回って、 危険なところを避けて歩いたひとりだ。 青木ヶ原の中にあった滝や淵は、現在、某社が発電用水を本栖と西湖へ引くように なった大正七年頃から急速に減水し、赤池にかけては干上がってしまった。 これが国道139号線の下に広がる湖底と、国道で分断された右手の窪地である。 まだ昭和二十三年頃には、赤池にもいくらか水があり、上から見ると赤く見えたので 「赤池」の名が出たものだ。---- 「赤池」に水があったというのは他でも聞いた事があります。 しかし青木ヶ原樹海の中を川が流れていたというのは聞いた事がありません。 一般的に、青木ヶ原樹海の地形では川は出来ないと言われています。 地表の溶岩は濾過のような役目を果たし、水は地中まで浸透してしまうので 水は地表には溜まらないからです。 ただ青木ヶ原樹海は神秘の森です。もしかしたら今でも見つかっていない何かが あるかもしれません。もし何かあればこのサイトで報告します。 |
※青木ヶ原樹海についての詳しい情報を知りたい方は専門書籍などで調べてみてください。